りぃがの本音と建前

~食の雑記帳~

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醍醐寺

ここも宇治を巡るには欠かせない醍醐寺さん。
豊臣秀吉が秀頼・北政所・淀君をはじめとした多くの女房衆を従え、
花見行列の宴を催した(慶長3年(1598)3月15日)ことでよく知られています。
醍醐寺 仁王門(西正門)の桜
京街の東南にあり、醍醐山全体を寺域とし、山上の上醍醐、山下の下醍醐からなり、
かつては80余りの伽藍が建ち並ぶ大寺院であったそうです。
醍醐寺の総門を潜ると左手が三宝院、右手が霊宝館。
総門前方の仁王門(西大門)までの一直線の道を「桜の馬場」と言い桜が咲く頃は
花見客で賑わい、この周辺を下醍醐とされ観光客の多くはこの下醍醐を参拝してますね。
三宝院の唐門(国宝) 修復されました
門跡寺院としての三宝院にあり、朝廷からの使者を迎える時だけに扉を開いたとされる門(勅使門)が唐門です。
創建時は、門全体が黒の漆塗で菊と桐の四つの大きな紋には金箔が施されていました。

三宝院の唐門は国宝に指定され黒漆塗りで金箔が施された菊と桐の紋が入っています。
左の写真は2003年に訪問した時のもので、2010年7月に修復しました。

三宝院は永久3年(1115)、醍醐寺第14世座主・勝覚僧正により創建されて醍醐寺の本坊的な存在で歴代座主が居住する坊です。
現在の三宝院は、その建造物の大半が重文に指定されています。
撮影禁止なので庭園などの写真はありませんが、やはり中でも庭園全体を見渡せる
表書院は寝殿造りの様式を伝える桃山時代を代表する建造物であり、国宝に指定され見応え充分。
国の特別史跡・特別名勝となっている三宝院庭園は、慶長3年(1598)豊臣秀吉が
「醍醐の花見」に際して自ら基本設計をした庭であり、今も桃山時代の華やかな雰囲気を伝えています。
三宝院へ  三宝院
醍醐寺伽藍への玄関的な存在の仁王門(西大門)は秀吉が慶長3年(1598)2月に再建を命じ造らせたものですが
秀吉は同年3月に催した花見の宴あと亡くなった(五ヵ月後)ので完成した仁王門の優美な姿を見ていません。
秀吉の遺志を秀頼が継ぎ、慶長11年(1606)6月に完成した。
この仁王門を潜ると金堂・五重塔・不動堂・大講堂・弁天堂などの多くの堂宇が立ち並びます。
金堂(国宝)は醍醐寺の中心的なお堂で本尊薬師如来坐像が祀られています。
醍醐天皇の願いにより延長4年(926)に創建されましたが火災により消失しました。
五重塔
現在のお堂は、秀吉の命により慶長5年(1600)に秀頼が紀州(和歌山県)から移築し完成させたものです。
金堂の南、道を隔てて高くそびえるのが(屋根の上の相輪の上まで約51m)五重塔(国宝)です
五重塔は醍醐天皇の菩提を弔うために、第一皇子(朱雀天皇)が着工し、
天暦5(951)第二皇子(村上天皇)が完成させた。
京都府下最古の建造物で内部の壁画は、日本密教絵画の源流をなすものといわれている。
(参照⇒http://www5e.biglobe.ne.jp/~hidesan/daigo-ji.htm#醍醐三宝院)
醍醐寺の発祥の地である上醍醐は、一丁目~十九丁目までの山道を歩いて1時間以上もかかり、
山上にありますが、1度は行ってみることを勧めます。

住所 〒601-1325 京都市伏見区醍醐東大路町22 総本山 醍醐寺
TEL  075-571-0002/FAX:075-571-0101

三宝院庭園・殿舎拝観  
伽藍(金堂・五重塔 等)※金堂内部の拝観含む※仁王門で受付ております  
一年を通じて拝観できます。

開門時間
●3月から12月第1日曜日        午前9時~午後5時まで
●12月第1日曜日の次の日よりから2月末 午前9時~午後4時まで
                  ※ 閉門時間30分前で受付終了

醍醐寺霊宝館 
開館期間
●冬期公開 1月9日(日)より  1月・2月 9:00~16:00  3月~11月 9:00~17:00

上醍醐  
※一年を通じて入山できます。
※平成21年1月7日より上醍醐への入山可能。
●夏期(3月1日~11月末)    AM 9:00~PM 4:00
●冬期(12月1日~ 2月末日)  AM 9:00~PM 3:00
(http://www.daigoji.or.jp/guide_fee.html 参照)
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